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深く息を吐く

自省用

他の子に内緒で先生にもらったもの

私が小学校4年生のとき。

担任の石○先生はみるからにこわそうな50代女性で、見た目に違わず厳しかった。男子も一目おいていた。私はおとなしめだったので、石○先生とはそんなに会話をしたことはなかった。やんちゃな級友がしぼられてるのを横目でみていて、くわばらくわばら、と思っていた。

でもある日の掃除の時間、友達とふざけて、ほうきで集めたゴミをゴミ箱に捨てず、何かの下に隠そうとした。そこを運悪く通りがかった石○先生に見られてしまった。言い訳をする暇も与えられず「人が見てないからって、そんなことをする人だとは思わなかった!! 」と一喝された。石○先生にひどく叱られたのはそのときだけだが、私は石○先生に軽蔑されてしまった、と少し悲しくなった。

だいぶしばらくしてから、石○先生に放課後呼び出された。何かしたっけ…とおそるおそる職員室に行くと、先生は美術展の招待券を私にくださった。学校にはよく美術展のチケットが送られてくるらしい。いつもはたくさんあるから欲しい人に配るけど、この美術展の券はあいにく数枚しかないとのこと。

「あなたは多分、こういうの見ておいたほうがいいと思うのでこの券を渡します。ぜひお家の方と見に行ってらっしゃい。でも本当に何枚かしかないから、他の子には言わないでね。」

 

びっくりした。

 

わたしは決して先生のお気に入りではないし、先日“ずる”を目撃されて軽蔑されてると思っていたし、なにより先生が「人がみてないからって云々」と説教するのに、みんなに内緒でってことは特別なことじゃ?と思った。 私は図画工作は好きだったけど、県や市はおろか学校でも絵や工作の「○○賞」はとったことはなかった。先生は私の何をみて観ておいた方がいいと判断したんだろう、今でもよくわからない。気分だったのかもしれないし、兄弟の情報などから私の家ではろくにお出かけしてないんじゃないか、という同情なのかもしれない。券が少ないときはローテーションで他の子にもあげてるのかもしれない。もなんにせよ、ひいきとも思われる「特別扱い」は私の自己肯定感を少なからず高めた。

 

家に帰ってコトの次第を説明し、わざわざ先生がそう言ってくれるから行きたい!と家族に話した。棟方志功展だったかな、と思ったけど「裸の大将か」という話をしたような記憶があるので山下清展だったと思う。仕事で忙しい父母は都合がつかず、祖母が一緒に行くことになった。田舎だったので最寄りの駅までバスでいくのでさえ「よそいきのおでかけ」なのでうきうきした。考えてみれば美術展なるものに行ったのはそれが初めてだった。

 

山下清の絵本 (1982年)

山下清の絵本 (1982年)

 

描いてるんじゃなくて貼ってる絵だ、そしてここに飾ってある絵はみんなこの人の絵なのか!と驚いた。当時は山下清がどういう人物かは全く知らず、だいぶ後になってから知った。

 

このことは先生との約束どおり、友達の誰にも言わなかったし私も長いこと忘れていた(もう時効かと思うので書くのは許してください)

図画工作に対する気持ちはこのチケット事件(!)前と後では変わった。中学、高校で一番得意な科目が美術になり、親とはかなり揉めたけど教員免許をとることを条件にその方面に進学した。今は図画工作の延長上の仕事をしてる。芸術とはほど遠い感じだけど。世の中には結構、図画工作の延長上の仕事がある。

 

先日、息子の学芸発表会があった。中高学年にもなると伴奏を児童が担当する。これはわかりやすい「特別扱い」だ。大勢で歌っている子を親たちは一生懸命録画しているが、ピアノ伴奏の子の親は大勢ではなく、ひとりピアノをひいてる我が子の方向を向いて録画してた。最初や最後の挨拶も学年の中の選ばれた子が担当する。そしてだいたいそういうタイプの子は学業成績もよい。しっかりしてるから選ばれるのだろうが、選ばれたことで彼らの自尊心は高められてもいるはずだ。

 

ここまで書いて「ピグマリオン効果」という言葉があった、と思い出した。そうか…。

ピグマリオン効果ピグマリオンこうか、: pygmalion effect)とは、教育心理学における心理的行動の1つで、教師の期待によって学習者の成績が向上することである。ピグマリオン効果 - Wikipedia

 

子どもは親や先生に信頼をよせられると嬉しい。私は石○先生のしてくれたことは、もしかしたら「ひいき」なのかもしれない。けど、自分の好きな分野を先生がみつけてくれたようで嬉しかったし、それだけがきっかけかどうかはわからないけど今につながってることを感謝する。