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深く息を吐く

自省用

明橋先生の講演忘備録その2と、自分の「自己肯定感」の話

こども

「子育てハッピーアドバイス」の明橋先生の講演メモ続き。 思春期に入るとだんだん自立していくということをふまえ具体的にどうしたらいいかというお話。

前の記事↓

思春期は依存と自立の繰り返しだけれども、基本的には対等なひとりの人間として扱うということが大事だということだと思う。

 

その1 聞く

親と話したくなくなってくる年頃だからこそ、話しかけてきたときは忙しくても手を止めて話を聞く。タイミングを逃すと「もういいよ」と話すことをやめていく。

その2 ほめる

10代だってできないことが多いのが当たり前。60点とってきたときは、6割できているところを褒める。比べるのはよその子とではなく「前よりできるようになったよね」と過去のその子と。兄弟やよその子と比較することで自己肯定感がもちずらくなる。

その3 ねぎらう

本人はがんばってるいるのに外野から「もっとがんばれ」と言われることはつらい。これは親になってから痛感する。家事育児にいっぱいいっぱいのところに、仕事関係の人とゴタゴタしたり、舅姑からチクっと言われたりするとバーンっとなりそう。こどももそれは同じ。「がんばれ」を「がんばってるよね」に言い換えるだけでだいぶ違う。

その4 ありがとう

「ほめる」のは目線が上からになりがちだけれど「ありがとう」は「感謝」の言葉で、相手の存在価値を高める言葉。親は子に「ありがとう」を促すが、親は子にあまり「ありがとう」と言わないのではないか。子に「ありがとう」を言おう。

 

こどもに対して腹を立ててしまうとき

思春期は学校の中で神経をすりへらすことが多くなる。親に対して怒っているわけではないけれど、機嫌が悪かったり話をしなかったりする。

親が子に関わっている証拠であって、子に対して一生懸命だからこそ腹をたててしまう。親は子の変化に「自分のせいで…」と思いがちになる。しかし親はそれほど万能ではない。親のできることは少ない。

過度の責任感を抜くことも大事。なるようにしかならない。良い意味で「あきらめる」なるようになると考える。

以上講演忘備録、以下は自分の振り返り。

 

私の自己肯定感の低さ

私は自己肯定感は低い方だと思う。それはなんでだろう。いつからだろう。記憶をたどっていくと小さい頃、祖父がしょっちゅうなにかに怒っていたことが原点なんじゃないかと思う。孫に対して怒ることはあまりなかったが、親や叔父が怒られているのを見聞きするのはあまり気分のいいものじゃない。とばっちりを食うのもいやだし祖父に怒られた後の父母とはなんとなく話しずらい。両親の仲は良かったが、モノが飛び交う激しい夫婦喧嘩もたまにあり、家全体としてはギスギスしていた。自衛のため家族間の空気を読まざるを得なかった。あんまりこどもらしくないこどもだったと思う。

中高時代になると家庭以外に学校や友人関係にも要因があると思う。中学はヤンキー多くてびくびく、第一志望の公立高校に落ちて行った私立高校は金持ちの子が多く、温室で育ったキラキラオーラはまぶしかった。育ちが違うという意味が少し分かった。逆立ちしても敵わない人がたくさんいる。

家庭では祖父だけでなく父との関係がネガティブな要素としてうきあがる。私立高に行ったことは私にとって挫折であり負い目だったのだが、父からの金金金攻撃要素にもなった。これには何も反論できずつらかった。高校でこれだけ学費をかけさせたからには学費がかからない大学に行かねばならないとの強迫観念があった。当時の私には選択肢はあまりなかった。

大人になった今はこども時代よりはだいぶマシになったけど、今でも少なくとも自信満々ではない。自己肯定感が低いのは良い意味では「控えめ」ということではあるけど、仕事の面では大いにマイナスだ。憧れの会社はあっても入社試験を受ける前から「無理じゃないか」と躊躇したところ数知れず。20代後半にもなって上司に「あなたの一番の悪いところは自信がないところ」と言われたのは今でもよく覚えている。  

講演忘備録のはずが自分語りの方が多くなってしまった。

 

まとめ 

こどもを一個人として尊重すること。こどもの良いところをよく見る。干渉しすぎない。自分が親にされてイヤだったことしないように。中高時代の自己肯定感の高低の原因は家庭にはあるが家庭だけでもない。親にできることはだんだん少なくなっていくが、家庭のなかが平和であるに越したことはない。

 

 

おまけ

最後に先生はこんな本を紹介してた。 不覚にもじーんときた。

 

ええところ

ええところ