深く息を吐く

自省用

普通の生活領域に、不意打ちで侵入してくるエロが嫌い

はじめにいうけど、エロは嫌いではない。エロだけが目的の漫画や映画はあまり見ないけど(見ないわけではない)作品の中に流れで出てくるのは大丈夫。でも公共の場に不意打ちで出てくるエロが嫌い。最近だんだん増えてきてるような気がしている。

 

話題になっているジャンプの巻頭の絵の話。あの絵に関してはいろんな意見を読んだ。私個人的にはあれは少年誌としてはNGだと思う。適切な性教育のフォローができる家庭なら確かにあれくらいはいいのかもしれない。でも、世の中いろんな家庭がある。あの巻頭ソフトエロにふれ、どのくらい適切に向き合える家庭があるんだろう。おそらくなんのフォローもない家庭が大多数なのじゃないかと予想する。

 

そもそもあの絵を見て不快と感じる女性が多いからこれだけ話題になったんだろう。見た人の性欲を刺激するのを狙って描いているのがわかる絵。あれが青年誌なら別にいい。映画のレイティングでいえばGのレベルの雑誌が、巻頭でそれをやってしまったというのが問題なんだと思う。「少年誌」ではあっても小学生の女の子だって読者にいることは編集部もよく知っているはず。昔からあったというけど、巻頭にあんなに煽情的に立体的に描かれていたものは今まであったのかな。

 

少し前には駅乃みちか、碧志摩メグといったキャラクターたちの話題があった。ああいう女性性を強調したキャラクターが公共の場にでてくることはけしからん、と炎上していたのではなかったか。

鉄道むすめのホームページみたら、あのキャラもまだ生きているようだけど、みちかちゃんのツイッターアイコン見たらこのキャラだった。(追記:炎上してた駅乃みちかはもともと公式じゃなくトミーとのコラボ企画のキャラだったのですね)

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少し前、電車広告でアイギスというゲームの広告を見かけて非常にモヤモヤしたことがあった。胸が強調されたプロポーションとスケスケでギリギリ見えない衣装の女性のキャラクターたち。この広告のゲームは一般向けのようだがもともとはエロゲーのようだ。こういうゲームがあるのは別にいい。こういう絵が好きな人がいるのも別にいい。好きな人は好きなままでいい。でも、ただ、日常に不意打ちで現れてくると非常にモヤモヤする。この広告で描かれてる女性は今回のゆらぎ荘の絵とは違い顔も赤くなってないし恥じらうような表情でもない。アウトではないのかもしれないが、性を強調して描いていると思われる絵が電車の中で堂々としてて欲しくなかった。

 

コンビニの成人向けコーナーに関しても同様に、もう少しなんとかならないものかと思う。オリンピックがあるからすこし隠される方向にいくのかと思いきや、数年前から何も変わってない。性教育云々というよりも、単に女性として通常モードのときに売り物の性を見たくないだけなんだけど。

 

私の父は、無修正の成人向け写真集やセックス特集が組まれてる雑誌を無造作に本棚においているような親だった。ろくに性について知らないうちにそんなものを見てしまった私は、まず性への嫌悪感と男性性への嫌悪感が先にたってしまった。

小学生の頃はやたら胸が強調されている作品を、なんでこんなに胸を大きく描く必要があるんだろうと不思議に思っていた。胸や尻が男性の目的の一つなのか、、、とわかったときはかなりげんなりした。

女性向けのマンガを読んでいくうちに、女性の性は男性のために消費されるだけのものじゃない、とだんだんわかるようななったんだけど。

 

ラッキースケベ、という表現も今回初めて知ったが、見たほうはラッキーでも見られた方は被害者で、どこにも誰にも悪意がなくてもたまたまでも、見られた方は尊厳を侵害されたことはかわりない。

 

 

そもそも現実的には性暴力になりかねない表現を“エロ”と一括りにする現状に歪みがないか。現実の性暴力や性交渉における合意についての共通認識がなされていない中で、こうした表現を肯定的に提示してかまわないものなのか

wezz-y.com

 

上の記事はローティーン女子向けの性表現についても描かれている。矛盾するようだが、この女の子向けのマンガの表現ならば私は別にいいのではと思った(追記:マンガは未読なので確信をもって言えないが、記事中の表現くらいならば)。なんでだろう、性が一方的に侵害されているんじゃなくて双方の同意のエロだからか。壁ドンは好きな人以外からされたら恐怖以外の何者でもない。場合によっては好きな人からの壁ドンでも暴力。

 

今はゾーニングとレイティングが適当だから、嫌いな人だけが我慢しているような状況が多いと感じる。ある程度ドア閉めてやってほしい。