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深く息を吐く

自省用

節目に

息子

息子の学校では、10歳の節目の式をする。1/2成人式という名前ではないが、そんなようなものだ。当日花で飾られた体育館に入って式の雰囲気の中にいると改めて、またひとつ大人になるんだな、ちょっとずつ手を離していかないとなと思う。月並みだけど、嬉しいような、さみしいような。

式では、幼い頃の写真を写しながら一人ひとり自分の夢を発表した。うちは5歳くらいの写真を用意したのだけど、1歳か2歳くらいの頃の写真の子もたくさんいた。そんな写真を見たせいか、死んじゃうかもしれない、と思った時を思い出した。本当に生死をさまようということではなかったけど忘れられない。

  

まだ1歳を少し過ぎた頃、40度くらいの熱が1週間くらい続き、肺炎をおこしてしまい2週間くらい入院した。卒乳してなかったし心配だったから私は病院に寝泊まりした。レントゲンも注射をするのも点滴をつけるときも号泣していたのを今でもはっきり覚えてる。そしてようやく退院。でもたったの2・3日でまた病院に戻ることになる。

久々に息子と一緒に自宅のお風呂に入る。退院して油断してたんだろう、わたしがちょっと目を話したすきに息子が転倒。あ、と思ったら息子の口の中から血が信じられないくらいどんどん溢れてくる。転んだときに歯で舌を噛んだんだ、と理解し目の前が真っ白になった。慌てて服を着て、夫と義父に息子を見てもらうも傷口が血でわからない。かかりつけの外科に行くとすぐ大学病院に行けと紹介状を書いてもらう。

転んでから2時間くらい経っていたんだろうか、大学病院の救急で診察してもらうと、傷は浅くないが、縫わなくていいだろう、出血は止まったから家に帰っていいと医師が言う。え!? あんなに血が出たのに? と思いつつ、診察室をでようとしたとき、腕の中の息子が大量の血を吐いた。床一面が血で染まる。あんな血だらけの床は見たことがない。みんな無口になって、私はパニック状態だったと思う。死んじゃうかもしれない。お風呂なのに、私が目を離したせいで転んでしまった。わたしのせいだ。

医師と看護士さんたちもたぶん驚いてたんだろうけど冷静だった。すぐに床はきれいになった。医師は、出血した血を飲みこんで、血を飲むと胃が受け付けず気持ち悪くなるんだと説明してくれた。息子はますますぐったりしていて顔面蒼白ってこんな色のことをいうんだな、とぼんやり思っていた。今ので傷口が開いたし、出血も思ったより多いようだし、水分・栄養補給も必要だから入院しましょう、ということになった。

あのまま家に帰って車や家の中で吐いてたらどうなってたことか、と思う。診察室で吐いてくれて良かった…。着替えをもってきてくれるように夫に頼んで、私は息子に付き添ってた。点滴を打ってようやく眠れた息子の寝顔を見ながら、泣いた。

着替えて、おっぱいが張ってるのに気づいた。仕事は始めていたけどまだ卒乳していなくて、朝晩必ずおっぱいをあげていた。おっぱいを吸うのには、舌の力がかなり必要なんだった…、もしかしてもう飲めないんじゃ?  と思った。案の定、眠りからさめるとおっぱいをほしがるが、相当痛いんだろう。何度か試みて息子は泣いた。それを見てるとまた泣けてきた。その当時の日記が残ってた。

 

事故後約36時間点滴のみで過ごした。

今日はだいぶ痛みはやわらいだようで、やわらかいものは食べられるようになったが、おっぱいを飲む舌の力は回復していないよう。2日くらいはおっぱいが欲しくて大泣きしていたのに、昨日くらいから催促するような素振りはない。おっぱいを指さしはするけれど。。。前はシャツひっぱってめくってたのにな。。

おなかがすいているときも、眠いときも、心細いときもみーんなおっぱいだったのに。

本人も痛くて飲めないことをわかってるんだ。けがをさせてしまった上に、二重にかわいそうなことをした。

搾乳は圧抜きしているだけで、もうだいぶ張らなくなってきた。もう強制断乳5日目だ。母乳再開はないだろな…。

 

医師は、輸血をするかしないかギリギリのところだったと言った。輸血は常に未知のリスクがあるから、高齢の方はともかく、小さい子にはなるべくしたくなかったと言った。傷は残るけどちゃんとふさがるから大丈夫、と言ってなんとか退院になった。おっぱいどころの話じゃなかった。退院後何ヶ月かは血液検査をしに時々病院に行った。なにかの数値は回復するまでけっこう時間がかかった記憶がある。

 

 

最近息子の忘れ物やら勉強やらで、うーん…と思っていたけど、式の途中このことを思いだして、その後は大きな病気もなく無事に成長したことは本当にめでたい、と思った。

そして今日(もう昨日か…)は修了式だった。通知表をなかなか見せようとしない。だいたい予想どおり…。国語はさすがにもうちょっとがんばんなきゃねと思ったものの、図工はまあ悪くはないし、なにより良かったのはずいぶん休まなくなったことだ。1・2年生の頃は年間で15日くらい休んだけど、今年は少ない。しかも下半期は皆勤じゃないか!と親子で喜んだ。

あと10年経ったら20歳。どうか心身ともに健やかに大人になる日を迎えられますように。母さんもがんばるよ。

  

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