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深く息を吐く

自省用

移動時間

私は会社員ではないが、会社の一席を間借りしていて平日はだいたい会社に行き17時くらいまで仕事をする。でも子の学校の用事などで半日くらい仕事できない日は移動時間がもったいないから家で仕事をする。そういう日は会社に行かない開放感はあるものの、いつもよりもひとつひとつの仕事が細切れで、あまりはかどらないままあっと言う間に1日が終わる。

自宅に仕事部屋がないので居間の片隅が私の仕事スペースになってる。ゆえに集中するのが難しい。学校の用事がある日や切羽詰まってる時は、夜でも朝でもパジャマのまま仕事して、終わったら電車に乗る必要もなく「おしまーい!」なのはいいんだけど、ONとOFFの区切りがつかなくて気分がすっきりしない。そんなに急ぎじゃないとついついだらけてしまったり、家事をしだしてどっちも中途半端になってしまったりというのはしょっちゅう。集中してるときに「ただいまー」って帰ってきたり、夫が話しかけてくることもよくあるし。だからあんまり家では仕事をしたくない。自宅で仕事ができる方は本当に尊敬する。
 
私の実家は交通が不便だったので高校・大学時代は通学時間がえらい長くて、電車の中で過ごすことにはけっこう慣れている。しかし遠距離通学はできても遠距離通勤は無理だと思った。社会人になってからは30分〜1時間くらいの通勤で済むようにした。今は45分くらい。往復で1時間半も移動にかけているが、これを削れればその分仕事がはかどるかというとそうでもない。先日会社に行かず家で何日か仕事をしてみて、移動時間ってスイッチの切り替え時間だよなと感じた。とりあえず仕事場が別にあればいいだけの話なのかもしれない。場所が変わるだけで家庭のことはカーテンをシャッとひけて別の場所のことにできる。ただ移動時間があることでさらに一息いれることができる。仕事からも家庭からも解放されて、自分ひとりぼっちになれる貴重な時間。息子を自宅の近くに預け仕事を再開した頃、特にそう思ったが、今も時々思う。震災のときのことを思い出すと本当はもう少し短くしたいのだけれど。
 

 

 

前に知人から聞いた話。
Aさんは地元に暮らすお母さんが介護状態になってしまった。お母さんを地元から東京に呼び寄せようかとも考えたが、当のお母さんは最期まで地元で過ごしたいという希望。Aさんは家族も仕事もあるので地元に越すのは難しい。介護ホームを探し、週末だけお母さんのところに通うという日々が始まった。新幹線ならわりとすぐの距離だったが、Aさんは新幹線の倍くらい時間がかかるけれど車を運転して行き来していた。交通費は高速も新幹線もそれなりにかかるからお金の問題ではない。知人がAさんになぜ時間のかかる車で移動するのかと聞いたら「新幹線の時間だと頭の切り替えをするのに時間が短すぎる」「新幹線の中では何もすることがないので余計なことを考えてしまい辛い」という答えが帰ってきたそうだ。もともと運転するのが好きということもあるけれど、お母さんに対する気持ちや家族や仕事に対する気持ちを切り替えるのには、まとまった時間が必要だったみたい、と知人は言っていた。
 
この話を聞いて、以前母が入院したときを思い出した。自宅から病院まで1時間半以上かかって大変だったけど、確かにその時間があったことは気持ちのクッションになっていたかも、と思った。いろんな感情の消化の時間というか、切り替える時間というか。その時間がないならないで、どこか何かの時間で帳尻をあわせるんだろうと思うけど。
 
 

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