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深く息を吐く

自省用

実家がどんどん遠くなる

家族

父のことは小学生の頃から嫌いだった。感情にムラがあり自分の想定外のことで反発されると激しく怒った。全く理不尽な理由で殴られたり蹴られたりしたことがある。ベルトで叩かれそうになったこともあった。たった数回のことだけどよく覚えてる。でも私はまだいい方で、きょうだいは父に部屋の物を全部庭に放り出され破壊されたことがある。とにかく自分の言うことが通らないと暴れる。

働き者ではあるが、計画性はなく、身内のいろんなところからお金を借りては返す、というようなことをやっていた。最後は借金を返すためにギャンブルまで手を出していたようだ。闇金から借りていなかったことだけが本当に幸いだった。ある身内の葬儀の後に親戚たちから責められた父は、あろうことか香典の一部をもって失踪した。

家族はすぐ失踪届けを出した。失踪して7年戻らなければ死亡届けが出せるからという理由で。思えばこのときに私の中で父は一度死んだ。ずっと戻ってこなければ今頃死亡届がだせたのにとさえ思ってしまう。

自殺をするような性格じゃない、そのうちケロッと帰ってくるだろうと叔父は言い、その通り1週間後に帰ってきた。みんなで父に破産を勧めたら「返すつもりだ」の一点ばりで本当にこの人は頭がおかしいと思った。学生のころ家にお金がないのは知っていたから奨学金を申請しようとしたら父はきっぱりその必要はないと言っていたのに、おまえたちの学費でも借金が大きくなったと言われ、やっぱり頭がおかしいと思った。家族で必死で説得して結局は破産した。土地や家は祖父名義だったから借金がなくなっただけで済んだ。

この頃、心の底から親子の縁を切りたいと思った。法律的に夫婦は離婚すれば赤の他人になれるが、親子の縁を切ることはできないということを知り悲しくなった。母には離婚を勧めたが、実家には帰れないしひとりで生活できない…と夫婦を続けることを選んだ。これが10数年前の話。

 

現在父は親戚一同とほぼ連絡をとっていない。わたしも父に会いたくないが、母に会うためとお墓参りのため1年に2回くらいやっとの思いで帰る。息子が生まれたころは1週間くらい滞在していたこともあったが、帰るたびに実家は汚宅になっているので行くたびにうんざりし、だんだん泊まることが少なくなっていった。あまりにも気になるところだけは掃除して帰るが、年に数回私が手を入れたところでたかが知れている。物はどんどん増える。ここ数年はずっと日帰りで行っていた。

息子に「たまには泊まりたい。おばあちゃんと遊びたい。」というので、数年ぶりに1泊してきたが、また些細なことから父と口論になってしまった。父と私の言い合いに息子はおびえてしまい、こどもなのにすごく気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちになった。昔よく祖父や父が怒っていて、こどもたちは小さくなってビクビクしていたことを思い出した。あんな気分を味わわせちゃだめだ。実家にいくことはあっても長居は無用、もう泊まることはないだろう。母とゆっくり会うのは実家でなくてもいい。

分かり合えない父と話をすることはない。考えてみると父のまわりにはもう母しかいない。父の兄弟も、親戚も、兄も、もうとっくの昔に父を諦めてる。私も父のことは諦めよう。

 

 

 

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ここはこどものころ田んぼだった。人も景色もずいぶんかわる。

 

追記(7/20 14:40)

何人かにコメントいただきましたが、今回はコメント公開しません。すみません。私信として受け取っております。ありがとうございます。