深く息を吐く

自省用

ベビーカーと子ども乗せ自転車の想い出

だらだらした想い出話です。

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息子を産んだばかりの頃、義父母と完全同居してた。出産を機に私が会社辞めちゃったからだ。もちろん色々助かったけど、どんなにいい人とでも他人と暮らすのは大変だ。今はスープの冷めない距離に住んでいる。

 

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出産前、義父が「Y店で貯まったポイントがあるから」と義父母と私でA型ベビーカーを買いに行った(夫抜き)。吟味することなくお店にあったものを即座に選び、買っていただいた。
赤子ははじめミルク混合だったが4カ月あたりから母乳しか飲まなくなった…。あらゆるメーカーの乳首を試したけどダメで、それからはどこに行くにも赤子と一緒になってしまった。ベビーカーは私の心の友となった。
離乳食が少し進んできた頃、家にいるのに飽きてしまい就活準備を始めた。就活の前に失業給付をスタートしようとハローワークに※。しかし私が不在の間に母乳を欲しがったら手がつけられない。義母にお願いして、赤子と一緒に3人でハローワークに行く。説明会の間だけ赤子を義母にみてもらった。
※働ける状態の人しか失業保険はもらえないから失業給付の延長をしていた。
 
私でもゆるく働けそうな会社がありダメモトで応募すると「明日にでも面接にきてよ」と連絡をいただいた。
 
 私「急なので赤子と一緒に面接にいってもいいですか?」
会社「いいですよ」
 私「週3くらいからはじめたいのですが」
会社「いいですよ」
 
本当にベビーカー同伴で面接した。人が足りなかったみたいで即決。しかし決まったのは1月。保育園がない…。空きがないというのをこの時点で知らなかった呑気な私。でも一生懸命探したら高い無認可保育園が会社の近くにあった。高いけど預かってくれるというのでそこに決める。(1日6時間×週3で月6〜7万くらいかかった。この出費は痛かったけど、後にこれが認可保育園への足がかりとなる。) 
私の子連れ通勤が始まった。A型べビーカーでの通勤。4駅くらい。ラッシュの時間帯を少しずらせたから電車での大きなトラブルはなかった。まわりに迷惑はかけないようにはしてたけど、どう思われてるかまで気にする心の余裕はなかった。通い始めたとたんインフルエンザに罹ってしまったり、よく熱をだした。電車の中には雑菌がいっぱいなんだろうなと暗い気持ちになった。
 
 
働きだして3カ月後めでたく認可保育園に入れることになった。
第三希望の徒歩15分の園だったので、自転車に切り替わった。これで私のA型ベビーカー通勤は幕を閉じた。ちなみに子ども乗せ自転車は、私が正月に実家に帰ってる間に義父が買ってきたものだった。自転車は自分で選びたかったんだけど…とは大きな声では言えなかった。
前カゴ自転車は3歳前に卒業し、後ろ乗せに切り替えるタイミングで新しい自転車を買った。ようやく自分で選んで買うことができた!嬉しい。
 
 
あっというまに大きくなって、今はもう私の自転車の後ろに乗ることもなくなった。でもまだ自転車の後ろ乗せは外してない。もうそろそろ外しても良いんだろうな、と思うんだけどはずすことはちょっと淋しい。
こえほん」にもそんな話があったよ、と夫が教えてくれた。大きくなることは嬉しいけど、ちょっとさみしいものでもあります。
 
 
追記:就活はかなり簡単に書いていますが、厳しかったです…。応募書類はお祈りの文言とともにたくさん返ってきました。現在はこのときの会社の仕事はしていませんが、この社長には心から感謝しています。