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深く息を吐く

自省用

「自分の世界」の基準で話をする人

母が膝を壊して入院して一カ月。そろそろ退院の段取りをしているのだが、入院前のように立ったり座ったり、歩いたりがかなり難しい。介護保険を使って介護器具を導入しようかという話が出てきた。可能であれば、自宅を一部バリアフリー化できればいいのだが、それはひとまずおいといて、せめて手すりをつけたり、歩行器のレンタル、ベッドレンタルをしたいと母は言っている。

母が父にその話をしたら、「家を細工するつもりか」「これからずっと歩行器生活か」という第一声だったらしい。あきれたけど、言いそうなことだとも思った。

母が言うには、「私より家の方が大事なんだろう。体裁のほうが気になるんだろう。私が今まで通りのことができると思ってるんだろう」多分そうだろう。

なのでケアマネージャーさんとの話し合いは私も立ち会うことにした。

父は昔から「世界の中心は自分」の人だ。父がそうなってしまったのにも原因はあるのだ、とようやく最近思えるようにはなったけど、だからといって今さら父との距離は縮める気にはならない。

自分のことを客観的にみるスキルのことを「メタ認知」というそうだ。

現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、自分自身の認知行動を把握することができる能力を言う。 自分の認知行動を正しく知る上で必要な心理的能力。 メタ認知 - Wikipedia 

メタ認知能力に欠ける人は(略)世の中を観察したり、情報を理解するときにすべて 「自分」という色眼鏡を通してまわりを眺めており(略)それに気づいていないのです。

そして、こういう人達は、とても傷つきやすい性質を持っています。なぜなら自分しかないわけですから(否定されると)自分の世界観がこわれてしまうからです。まじめの罠-勝間和代

 

いわゆる「主語が大きい」人のことを言うらしい。というと人ごとみたいだけど、これは私にもあてはまるな…と自戒の念をもって書いてます。

私の身近での最悪の「メタ認知能力に欠ける」人は実父。自営農家という職業形態もマイナスに拍車をかけたようにも思う。良くも悪くもお山の大将。

この人とは話にならないと気づいたのは高校生くらいの頃。父の性格は年とともに硬くなってるように思う。色々なことが重なり、10年前に父は彼の3人の兄弟たちと絶交状態になった。おかげで祖父名義の農地の相続さえうまくいっていない。

この先何年あるかは分からないが、父とどう付き合っていくのか頭の痛い問題だ。

 

まじめの罠 (光文社新書)

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